北里柴三郎記念館

更新日:2017年5月9日

北里柴三郎記念館

北里柴三郎記念館の写真です小国町出身である故北里柴三郎博士の生家や、博士から小国町に寄贈された北里文庫(図書館)を改修し、偉業をたたえているのが北里柴三郎記念館です。

この施設は生前、博士が大正5年に建てた貴賓館、北里文庫があった敷地に、昭和62年、博士の学問を受け継ぐ北里研究所、北里学園が中心になって博士の生家の復元修復を行うとともに、北里文庫の建物を利用して博士に関する遺品などを陳列し、小国町に寄贈されたものです。


博士の生家の一部

博士の生家の一部の写真です明和元年(1764)総庄屋5代目北里兵衛家から分家して坂下屋敷と称していましたが、明治28年(1895)両親を東京に呼び、空家となったため座敷の2間を残して他は取り壊しました。現存するのはその一部です。


貴賓館

貴賓館の写真です北里文庫建設と同時に建てられた和風木造2階建物で、小国杉の大木によって建てられています。大正5年8月10日の落成式には、博士は一家をあげて参列し、ここで数日過ごされました。


北里文庫

北里文庫の写真です大正5年(1916)、博士が私財1万円余を投じて、郷里の青少年に贈りました。

 当時、熊本県立図書館につぐ大図書館と言われ、蔵書数1,511冊と記録にあり、終戦時までよく利用されました。木造洋風建築120平方メートル。

 


北里柴三郎 プロフィール

北里柴三郎氏の画像です日本が誇る世界的な医学者北里柴三郎は、嘉永5年(1853)総庄屋北里惟信の長男として北里村(現小国町北里)に生まれました。

 明治4年(1871)熊本医学校に学び、さらに東京医学校(現東京大学医学部)に進み、卒業後、内務省衛生局に勤務、国の留学生として結核菌の発見者であるドイツのローベルト・コッホに師事しました。ここで貴重な研究業績を次々に発表、とりわけ破傷風菌の純粋培養法の確立(1889)と血清療法の発見(1890)は前人未踏のもので、世界の医学界にその名をとどろかせました。

  帰国後、福沢諭吉などの援助により、伝染病研究所を設立、わが国の近代医学に大きな足跡をとどめました。大正3年(1914)自力で北里研究所を創設、昭和6年(1931)死去するまで終生わが国の公衆衛生、医学教育、医療行政の発展に貢献しました。 


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小国町役場 情報課 商工観光係
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